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採用情報

【いろはや島原エリア 採用情報】

【給与】 月給16万円 ~ 21万円/月給 パートアルバイトは時給800円 賞与あり 年2回  各種手当あり 交通費は規定内(1.5万円以内)にて支給。残業手当は15分単位にて支給 試用期間として最初の6か月は有期雇用。その後自動更新。

【各種手当】 ・職能手当(経歴:学歴含む)10000円~30000円/月 ・店長手当:20000円~50000円/月 ・出張手当:3000円/1回 ・勤続手当:2年単位で5000円昇給。 ・報奨金制度:店舗別に予算達成の場合、一人あたり5000円支給(パート・アルバイト含む)2カ月連続の場合1万円、3か月連続の場合1.5万円(以後1.5万円)。 ※昇給について:本人実績とチームワーク力、今後の期待値等考慮のうえ査定。年1回

【各種保険】 雇用保険・社会保険・労災保険・退職金制度有(3年以上継続雇用のみ)

【勤務時間】 シフト時間幅 10:00~19:00(休憩1時間)

【勤務実績】 現在3児の子育中のママ1名、3時上がりのママ1名活躍中です!

【休暇制度】 慶弔休暇 公休月7~8日 有給制度有り。 忌引・慶弔休暇あり。

【ボタニカルガーデン 採用情報】

【給与】 長崎市:月給17万円 ~ 25万円/月給 パートアルバイトは時給850円   賞与あり 年2回  各種手当あり 交通費は規定内(1.5万円以内)にて支給。残業手当は15分単位にて支給 試用期間として最初の6か月は有期雇用。その後自動更新

【各種手当】 ・職能手当(経歴:学歴含む)10000円~30000円/月 ・店長手当:20000円~50000円/月 ・出張手当:3000円/1回 ・勤続手当:2年単位で5000円昇給。 ・報奨金制度:店舗別に予算達成の場合、一人あたり5000円支給(パート・アルバイト含む)2カ月連続の場合1万円、3か月連続の場合1.5万円(以後1.5万円)。 ※昇給について:本人実績とチームワーク力、今後の期待値等考慮のうえ査定。年1回

【各種保険】 雇用保険・社会保険・労災保険・退職金制度有(3年以上継続雇用のみ)

【勤務時間】 シフト制 シフト時間幅 10:00~19:00(休憩合計1時間15分) 実働時間 7時間45分/日 シフト1(早番) 10:00~19:00 シフト2 (中番)11:00~20:00 シフト3 (遅番)12:00~21:00

【勤務実績】 その他16時上がりのママさんが1名、アルバイト1名勤務しています。シフトは一人ひとりの働きやすさを優先して調整しています。

【九州みやげ いろはや出島本店 採用情報】

【給与】 長崎市:月給16.5万円 ~ 21万円/月給 パートアルバイトは時給800円   賞与あり 年2回  各種手当あり 交通費は規定内(1.5万円以内)にて支給。残業手当は15分単位にて支給 試用期間として最初の6か月は有期雇用。その後自動更新。

【各種手当】 ・職能手当(経歴:学歴含む)10000円~30000円/月 ・店長手当:20000円~50000円/月 ・出張手当:3000円/1回 ・勤続手当:2年単位で5000円昇給。 ・報奨金制度:店舗別に予算達成の場合、一人あたり5000円支給(パート・アルバイト含む)2カ月連続の場合1万円、3か月連続の場合1.5万円(以後1.5万円)。 ※昇給について:本人実績とチームワーク力、今後の期待値等考慮のうえ査定。年1回

【各種保険】 雇用保険・社会保険・労災保険・退職金制度有(3年以上継続雇用のみ)

【勤務時間】 シフト時間幅 10:00~19:00(休憩1時間) 【勤務実績】 現在3時上がりのママ1名活躍中です!

【休暇制度】 慶弔休暇 公休月7~8日 有給制度有り。 忌引・慶弔休暇あり。

当社の歩み

(資)いろはやは150有余年の歴史があります。創業は安政の時代。 当時宿場町だった島原市内で旅人に「足袋」を売ることで繁盛しました。 弊社には時代に翻弄されながらも逞しく、かつしなやかに存続したDNAが存在しています。 それは150余年も一貫して事業を継続してきた事実が物語っています。

CEOメッセージ

Q)社長の自己紹介をお願いします。

現在㈱いろはやの代表を務めております、中山実津雄と申します。 1972年12月6日生まれのいて座になります。

Q)御社の歴史を教えてください。

弊社は創業は安政3年になります。 明治維新に日清・日露戦争、第一次世界大戦・第二次世界大戦など数々の変化の中でも連綿と「いろはや」という屋号で商いを続けてまいりました。 戦時中には物資不足のためアパレル業を離れ旅館(観海荘)を島原市内に経営していたこともありました。

Q)ズバリ御社の強みとは?

弊社には時代に翻弄されながらも逞しく、かつしなやかに存続したDNAが存在しています。それは時代にあわせて「変わり続けること」かもしれません。 「大きくするな」これが先代から常に言われ続けている事です。「大きくすると変われない」という危機感からです。

Q)御社の社風と大切にしているものは何ですか?

そんな遍歴をみながらこれからの時代にとって必要な会社、そして地域地域にとって価値ある存在であるお店、そしてお客様の日々の生活に寄り添うような、暖かい社員の集合体がこの会社でありたいと心から思っています。 これまでの160年。そしてこれからの輝かしい未来へむけての160年を共に歩める仲間と一緒に成長していけたらと心から思っております。

Q)ともに働くスタッフについてどのようなお考えをお持ちですか?

お店の成長は社員の成長とともにあり、社員の成長のためにお店の成長があります。盲目的に規模のみを追求することは過去、そしてこれからも絶対にありません。 社員の成長と同調するようにお店の成長があることを弊社の根幹としてこれからも社員とともに歩調を合わせて商いを続けたいと思います。 スタッフの人間的成長が先。そのあとにお店や会社の成長があります。 また、小売業は教育業であるとも思います。お客様に一番近い存在でありながら、お客様に一番評価される厳しい存在がスタッフの置かれている立場だと思います。 お客様に磨かれる。そんなスタッフが日々是新たに美しくなり、そして人間的成長を遂げた分だけ会社・お店の躍進があるものと信じます。

Q)販売というお仕事についてどう思われますか?

販売というお仕事はお客様の心の琴線に触れられるすばらしい仕事だと思います。お客様の様々な生活のシーンにおいて、商品という側面から彩(いろどり)を添え、お客様と一緒に美しい年齢の重ね方をする。そんなすばらしいお仕事だと思っております。 一生を投じるだけの価値ある仕事がこの「販売」という仕事だと思っております。

Q)お洋服というものについてお聞かせください。

弊社はファッションを扱う商売で今日まで商いを続けてまいりました。日々無造作に数多の情報が行き交う中で身近で端的に「明日」を変えうるもの。それはファッション以外にないように思います。 また、その力がファッションには備わっていると心から信じています。新しい商品を購入した翌日。いつもより気分がいい朝を迎えることは誰しも体験した事があることでしょう。お洋服以外にそんな「明日を変えうる」商品が身の回りにあるでしょうか。 おそらくそう沢山あるわけではありません。そんなお客様の「明日」を変えるのが「お洋服」だと思っております。

Q)小売業という産業についてどう思われますか?

小売業は毎日の生活そのものであり、毎日の営みの中の仕事です。そんな仕事であるからこそ、「仕事と思うな、人生と思え。」そう強く信じます。 「一人のお客様の喜びのために誠実を尽くし、一人のお客様の生活を守るために利害を忘れる。その、人間としての美しさこそ小売店経営の姿としたい。」 これは岡田徹先生の詩にある一文です。 暖かい人間としての心。真摯で誠実な人柄。そして何よりも正直で信頼されうる人間。 その集積がいろはやそのものの存在であり、いろはやグループのお店でありたいと考えます。あなたが活躍する場所がこの会社にはきっとあります。ぜひともに人間として共に成長し、共にすばらしい人生を送りましょう!

 

株式会社 いろはや商会 沿革

1858年
(安政 2年)
中山松之翁が現在の本社地にて屋号「いろはや」として足袋屋を創業
1911年
(明治44年)
中山松之翁の長男 中山定之氏が事業継承。当時海外からの輸入雑貨、マント、洋傘などを扱うようになる。
1934年
(昭和 8年)
3代目店主 中山宇八が代表社員に就任。
1938年
(昭和13年)
戦争激化の社会環境の変化にともないいったん屋号「いろはや」を休業。
1945年
(昭和13年)
物資不足のため旅館「観海荘」を開業。
1951年
(昭和26年)
本業の「いろはや」再開業にともない、旅館「観海荘」を閉鎖。
1955年
(昭和30年)
4代目店主 中山富司男が代表社員に就任。同時期、中山宇八氏は会長に就任。
1961年
(昭和36年)
「合資会社いろはや商会」として商号登録。法人化。生活雑貨のほかに紳士服事業に進出。
1980年
(昭和55年)
不動産を主に取り扱う関連会社(有)明治実業を開業、同社社長に中山富司男就任。
1981年
(昭和57年)
サイズ面に特化したショップ「エルいろはや」を長崎県島原市中堀町にオープン。
1985年
(昭和60年)
紳士服事業から撤退。婦人服のみのブティックとして「irohaya20」店としてリニューアルオープン。
1987年
(昭和62年)
「ロゼいろはや」を長崎県島原市中堀町にオープン。
1989年
(昭和64年)
「ロゼいろはや」のクローズにともない「エルいろはや」を移転オープン。
2006年
(平成15年)
中山実津雄が代表取締役に就任。中山富司男前社長は会長職へ。
2008年
(平成20年)
長崎市内の商業施設「みらい長崎ココウォーク」にボタニカルガーデンとして出店。
2009年
(平成21年)
メセナ事業として「1%ジューシーグリーンプロジェクト」として売上の1%を地球緑化・飢饉対策へ寄付。
2010年
(平成22年)
オリジナルブランド「Botanical garden」として商品企画。
2011年
(平成23年)
長崎市内の商業施設「あみゅプラザ長崎」内に?アンビデックスの「メゾンドプラージュ長崎店」に代行出店。
2011年
(平成23年)
ウェブショップ「ジューシーグリーン」をいったんクローズ。
2011年
(平成23年)
オリジナルブランド「Botanical garden」を韓国生産。
2011年
(平成23年)
いろはや本店・irohaya20を改装。"irohaya pour femme"としてリニューアルオープン。
2015年
(平成27年)
irohaya20を現在の島原市宮の町に移転改装。"select shop 20(トウェィンティ)"としてリニューアルオープン。
2018年
(平成30年)
「九州の生産者とみらいがつながる店」というコンセプトで新規業態として長崎市出島に”九州みやげ いろはや出島本店”をグランドオープン。同時に長崎街ブラプロジェクト認定。